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トップピラミッド
 エジプトを代表するもののひとつに挙げられるのがピラミッド。
 古代に建造され、今もその形を残す資格錘状の建造物は、今に生きる私たちの心を掴み、その魅力を存分に発揮しているかのようです。
 ピラミッドとは、主に古王国時代から中王国時代に作られたものが大半で、有名なギザの三大ピラミッドをはじめ、さまざまな形のピラミッドが存在しています。
 しかし、メンカウラー王(ギザの三大ピラミッドのうち最小の物)を契機にピラミッド建築技術や規模は緩やかな廃退を見せ、徐々に歴史の表舞台から去っていきついにはその姿を消してしまいます。
 多くの謎を残したまま現在に姿を残しているピラミッド。このページではそんなピラミッドを紹介、解説していきたいと思います。
ギザのピラミッド ギザの三大ピラミッド
 有名なギザの三大ピラミッドです。写真では、2基しか移っていませんがこの右側に本来はもうひとつのピラミッドが存在しています。写真は左からクフ王、カフラー王のピラミッドになります。
 大きさはクフ王のピラミッドが最大で底辺230m、当初の高さ146mの規模を持っています。しかし、現在は頂上付近が欠損しているため当初の高さを表すための枠組みが設置されています。
 手前のカフラー王のピラミッドのほうが大きく見えるのは、カフラー王のピラミッド自体がクフ王よりも高い台地の上に建設されているために、大きく見えてしまいます。そのカフラー王のピラミッドの大きさは底辺215m・当初の高さ143m(現在136m)になります。特徴はピラミッド頂上付近に残る石灰岩の化粧石が残っていることで、完成当時は頂上のみならず、現在階段状になっている部分も、滑らかな石灰岩の化粧石で覆われていたであろうと予想されます。当時はその化粧石が太陽光を反射させて純白に輝いていたのでしょう。
 写真に写っていないメンカウラー王のピラミッドはこの2基よりも小さく、底辺108.5mで高さ66.5m程になります。他の2基の半分以下の大きさになります。小さいこともあってあまりツアーなどでは向かうことはないピラミッドで周辺には人も少なく石が散乱としています。ピラミッド下部にはカフラー王のピラミッドのように化粧石が残っています。  クフ、カフラー、メンカウラーの3人のファラオはそれぞれが親子関係にあり3代続いて大ピラミッドを建造したということになります。カフラー王がクフ王のピラミッドの大きさを超えるものを建造しなかったのは父であるクフを尊厳してという説もあります。
ピラミッドとは
 英[pyramid]
 ピラミッドという言葉は本来はギリシャ語で、ピラミッドの形状に似ているパン「ピラミス」が語源だといいます。エジプト現地では「昇る」という意味の言葉「メル」(またはミル、ムルとも)を当てて呼んでいました。jピラミッドというのはエジプトのみに関わらず四角錐状の建築物をピラミッドと定義してある説が一般的だといえます。エジプト以外の地域で言えばメキシコの基壇建築型神殿もピラミッドのひとつといえます。
 しかしながら一般的にピラミッドといえば、おそらくエジプトのものを思い浮かべる人が多いのも事実です。それはエジプトのピラミッドは世界的に有名であることがひとつの理由として挙げられますが、大昔のエジプト古王国時代の墳墓群は規模、精巧さともに当時の技術レベルからは秀でて優れているということからも、人々の心を捉え、代名詞的存在になっているのかもしれません。その世界最初のピラミッドといわれているのは古代エジプトのジョセル王の階段ピラミッドで、完成は紀元前2650年くらいともいわれています。その後1000年もの間、数多くのピラミッドが作られ続けました。

 ピラミッドの中にはファラオ(王)の棺が納められており、王がなくなった後に収められる墳墓であった。というのは長い間一般的な定説として有名でしたが、実は近年の研究ではその説は間違っていたという見方が有力になってきているようです。そもそも、ピラミッドを王墓だとしたのは古代ギリシャの歴史家ヘロドトスという人物であり、彼の書物「歴史」の中にはピラミッドは奴隷が築いた王の墓。と記述されていたことに起因しています。(ちなみに、「エジプトはナイルの賜物」という有名な言葉もヘロドトスの言葉。)
 しかし、ピラミッド自体一人のファラオが何基も作っている事や、未だ内部からミイラが発見されていないことから農閑期に行われる公共事業の一環だったのではないかという説が有力になってきているようです。つまりピラミッドとは単なる王墓ではなく王が天に昇るための階段的役割や、その三角状の外形が太陽光を模していたのではないかというように考えられています。また、ピラミッドはそれ単体で役割を果たしているのではなく、ピラミッド周辺に点在している神殿などとの複合的な建築物だったとされています。
 それはつまり、大ピラミッド周辺に点在している小ピラミッドや、葬祭神殿や河岸神殿などと呼ばれている建築物との複合的な大祭事施設だったのではないかという結論に至るようです。また、これらの施設を総称してピラミッドコンプレックスと呼びます。
 左の図はクフ王のピラミッドの周辺の図です。この図で説明すると一番大きなピラミッドがクフ王のもので、そこから東に少し行ったところに小さなピラミッドが3基並んでいます。これらはクフ王の王妃たちの墳墓です。そのさらに東に点在しているのが、当時の貴族たちの墓になります。
 図の右上にある四角状の建築物が河岸神殿と言われるもので当時のナイル川はこの河岸神殿付近を流れていたと想定されています。この河岸神殿について明白な利用方法などは現在のところわかってはいませんが、内部は前室と前廊、大広間、それから倉庫の各部から構成されています。そこからピラミッドに向けて伸びているのが参道と呼ばれているもので、参道は通常は屋根がついていて外壁には浮き彫りの施してあるものが通常です。その参道を過ぎてピラミッドに接する部分があります。そこには葬祭神殿と呼ばれる施設があり、その神殿は神を体現していた王を礼拝する場所であったり、間取りが王の生前の宮殿と間取りがほぼ同じ事からも、亡くなった王の永遠の住居として構えられたという意見もあるようです。これらピラミッドコンプレックスが、どのような目的で何を目当てに作られたのかという明白な回答は得られていないので、今もって研究は続けられているようです。

 ピラミッド単体の構造は、単に石材を積み上げられたというものではなく基本的にはピラミッド北面に入り口があり玄室へと繋がる通路や、重力軽減の間と呼ばれるような道の仕掛けがあります。また、早稲田大学エジプト調査隊が最新機器を使ってまだ見ぬ謎の空洞を発見するなど、ピラミッドの構造についても未解明の部分が数多く存在しています。
 こうしたエジプトの精巧さを誇ったピラミッド建築もクフ王の大ピラミッドを最高峰にして、その後徐々に衰微していきました。規模そのものも小さくなってしまったのですが、それと並行するかのように建築物としての精巧さも劣るようになっていきます。しかし、その頃を境に葬祭殿や神殿の充実が進んでいったこともあり、現在では当時のエジプト人の宗教的な価値観が変わったのではないかと指摘する人もいます。また、ピラミッドを単なる王墓ではないと考えている研究者の中には必要な数のピラミッドを作り上げてしまったから、規模や数などが減少していったという説もあります。ピラミッド自体がナイル川を天の川に見立ててピラミッドは星座をかたどったものだとする説もあり、それが真実なら後者の必要な数のピラミッドを満たしたという説は的を射ているのかもしれません。

 ピラミッドの建造に関しては奴隷を利用して建造していたという説が今までは定説になっているようでしたが、当時のエジプトの技術力と国力を考えると、奴隷労働なしでも20年前後でピラミッドの建造は可能だという点と、奴隷を利用していたという決定的な痕跡や証拠がないために、以前から一部の研究者の間では疑問視されていることがありました。近年の調査結果ではピラミッド労働者のための村から、お酒が振舞われていた証拠となる物が見つかったり、怪我を治すための外科治療をしていた痕跡や、当時の出勤簿が見つかるなどしたため、奴隷を利用した建築ではなく、国民が自由な意思の元にピラミッド建築に従事していたものと考えられるということです。おそらくは農閑期に仕事のない国民のために行われた公共事業の一環であっただろうといわれています。
 そもそもエジプト社会は古代ローマの社会環境とは違い、農業なども奴隷の手によるものではなくて国民が自由な意思で生産していたことがわかっていますから、奴隷という概念はさほど存在せず国民がピラミッドを建設することで国のために積極的になって働いていたということをうかがい知ることができるのかもしれません。また奴隷の数はごく少数でその従事先は各家庭だったということも判明しています。
 当時のエジプトではファラオ=神と崇められて来ただけに、神のために従事して働くことによって、農閑期を乗り切り生活できるということは、国民にとってはとてもありがたいものだったに違いありませんし、喜ばしいものだったのでしょう。そうした状況の中だからこそ国民は自ら進んでピラミッドの建築に従事したのかもしれませんね。そうした国民の純粋な想いが、今の私たちの心を掴んで話さない本当の理由なのかもしれません。

ルクソールリンクの参照
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